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BLOG 社長日誌

100分de名著 「夏目漱石スペシャル」~表紙

サービス過剰?ゴシップ風味? 漱石の「ほんとうの顔」を探る。

〈興味深い文言〉と遭遇とは、【講師】阿部公彦(東京大学院人文社会系研究科・文学部教授)

〇経歴抜粋 1966年横浜市生まれ。東大文学部卒。同大学修士課程を経て、

ケンブリッジ大(’97)博士号取得。’98、小説「荒れ野に行く」(早稲田文学新人賞受賞)

’13、『文学を〈凝視〉する』(岩波書店):サントリー学芸新人賞。英米文学研究と文学一般の評論に

取組む。・・・『モダンの近似値』『即興文学のつくり方』(松伯舎)、

『スローモーション考える』(南雲堂)、『善意と悪意の英文学史』(東大出版会)

『幼さという戦略』(朝日選書)など専門書がある。

 

p6 現代人にとっては、漱石はきちんと「出会う」のが難しい作家です。

小説を読もうとすると、いろいろ邪魔が入ります。

たとえば作家の名前。「これは夏目漱石の書いた小説です」と言われれば、

私たちはその作品を読んでもいないのに読んだような錯覚に陥ったり、あらすじだけで何かをわかった

気になったりする。とりわけ『三四郎』や『道草』など、漱石の代表作とされる作品を前にすると、

「未読であるのは恥ずかしい」、「古典的名著なのだから、私は感動すべきだ」と、

自らを不自由な暗示にかけたりもします。文学を重要視するマジメな人ほど、その傾向が強まる。

作家の名前による先入観から、予断を持ってしまうのです。

 

では、作品と本当に「出会う」にはどうしたらいいのでしょう。

小説を読むというのは、全身的な行為だと思っています。頭や感情ももちろん関係する。

しかし、体も忘れてはいけない。胃腸や、呼吸や、背骨も大事。感触を味わい、

文章のリズムに身を委ねたい。笑ったり、ツッコミをいれたり、顔をしかめたり。

場合によってはぜえぜえあえいだり、踊りだしたり、

地団太踏んだり。そんな出会い方をするためのヒント。

『三四郎』、『夢十夜』、『道草』、『明暗』で以下四つの回で示したいと思います。

そのために、ずんずん歩く心地や、胃腸の気持ち悪い感じを想像してもらうこともある。

「真相究明するぞ」とばかりに目を剥(は)いでもらうこともあるかもしれない。

◎漱石はそんなふうに全身を使って読むに値する作家なのです。

(以上の内容に興味をそそられました)

 

次は私を含め多くの国民が、「次の段階へ進むことができるのでしょうか?」

それには疑問が生じます・・・。

なぜなら、まず私が前述での関心を示した点が動機づけなったり、

タナカ株式会社 ホームページ「社長日誌」ブログ読者を含め

これまで「100分de名著/夏目漱石スペシャル」テキストを

入手もしくは、Eテレをどれだけの人が再放送&録画を含め、視聴したかを

私には客観的数値を得ていないため、いま、その点に関してはハッキリと

「不明と断言」できるのです。