タナカ株式会社

BLOG 社長日誌

広島市佐伯区 タナカ株式会社 代表取締役 田中正之

 

2020年5月23日(土)のこと、

 

広島市南区比治山公園内に佇む新緑が眩しい広島市現代美術館へ

 

5月19日より企画展の再開情報を得て行ってきました。

 

 

 

前回の企画展『岡本太郎「明日の神話展」』は2005年5月

 

開催だったので15年振りの『式場隆三郎「脳室反射鏡展」』でした。

 

 

 

一般的には知られていない式場隆三郎という人物とは

 

広島市西区の公民館に地域住民の方々からの不用となった

 

古書の寄贈コーナーをいろいろ見ている中で、興味を持った3冊の内の1冊に

 

 

式場隆三郎著『天才の発見』昭和31年(1956年)9月25日

 

(株)鱒書房発行所 のタイトルに目が行き内容を見て即、いただいた分けです。

 

 

その著書にはいろいろな著名人が出てきます。

 

特に有名なのがエジソン、アインシュタイン博士、湯川秀樹から山下 清など

 

数多くの天才的な才能を開花した内容が記されていました。

 

 

もし、この本を手にしていなければ読売新聞社主催のこの企画展には

 

足を運ばなかったと思います。

 

 

著書の一節

 

 「天才はどうして自己を発芽させたのか」

 

ビリー・サンデーはアイオワ州の片田舎の貧しい家の生まれ、孤児院で育てられた。

 

十五歳のときに学校の用務員に雇われて、その後同州のマーシャル・タウンで

 

葬儀屋の店員になっていた。

 

 そのころから野球がうまくて、二十歳のときシカゴのホワイトソックスの

 

メンバーとして活躍し、スターとなって人気を博した。当時、十四秒でベースを

 

ひとまわりしたというレコードをつくっている。

 

 

 葬儀屋をやめてから後に、彼は大酒のみのボール・プレイヤーから一変して

 

キリスト教の大説教者として知られるようになった。

 

この驚くべき転身について、彼はつぎのように語っている。

 

「1887年のことである。わたしはある日、有名な野球人たちとシカゴの街を

 

歩いていて、ふとそのあたりの酒場に入った。

 

 ちょうど日曜日の午後のことで、さかんに酒をあおってから街へ出て

 

ある街角で腰をおろして休んでいた。ちょうどそのとき、街の向こう側に一団の男女が

 

集まって、しきりに笛やラッパや太鼓などを鳴らし、他の者は

 

声高らかに讃美歌を歌っていた。・・・・・・。」

 

 

「これから私たちはパシフィック・ガーデン・ミッションの方に行くのですが、

 

あなたも一緒に行きませんか、きっとおもしろいですよ」と教えてくれた。

 

 

 

そのきっかけから彼は1917年にニューヨークに行ったときには、

 

全市はおどろくべき宗教的興奮をおこしていた。

 

 彼の到着は数カ月前から予告され、準備のための祈祷会が、二万回も各所で

 

開かれたという。また四百人の労働者がブロードウェイ168丁目に、二万人の

 

聴衆を入れる集会堂を建設するために働いた。

 

 そして彼の足跡をつくるために敷くノコくずは貨車四輌におよび、二千の椅子は

 

大合唱団のために用意された。

 

 二千人の案内係が、一日三回九百人ずつ

 

交代で多くの人々の案内に働いた。

 

ニューヨークの大会は百二十五万人に説教したが、そのうち十万人が自分の罪を悔い

 

信仰の生涯にはいったといわれている。

 

宿命論者から言わせれば、先天的にあって、それが生活の雲に

 

覆われていたのが、なにかの動機でひらかれ、その光が雲を破って

 

輝きでたのだと説くであろうが、今にちの科学からは、そうは信じられない。

 

 

思いがけないチャンスにひらいた心の窓が、彼の心に植え付ける動機を

 

作ったのである。そして芽がぐんぐんと伸びていったのである。

(ここで論じようようとするものは)彼ら(ラスプーチンも含め)が

 

いままでと、あまりに違った生活に急転回した動機を語っているだけである。

 

                 式場隆三郎

 

 

広島市南区比治山 「広島市現代美術館」関連の写真を紹介します。